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●はじめに 西浦仮説とその後について

 

新型コロナウイルス感染症について,2020年4月15日に北海道大学の西浦さん(理論疫学教授)が,

「不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合は、流行収束までに国内で約42万人が感染によって死亡する」との見方を示しました。

https://www.asahi.com/articles/ASN4H3J87N4HULBJ003.html

 

私はこの報道を見たとき「えっ42万人も?」と驚きました。

しかし,これは「不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合」のことであり,また「流行収束まで」という長期予測です。
そのため私は,「あ,そうか。行動制限を全く取らなかった場合,感染症の拡大は急速に広がるのだから多くの人が感染することは十分考えられる。たとえば日本の人口の1/3が感染した場合,4000万人感染することになるわけだから,その1%が亡くなったとしても40万人だ。この試算は決して大げさなものではないだろう」
 

と思い,この数字にも納得しました。

 

日本では2020年4月7日に7都府県に緊急事態宣言が出されました。その後,4月16日には全国に緊急事態宣言が出されました。
そのため,上のような「不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合」ではなくなりました。

実際,その後は感染者の増加率も減っていきました。
その現象が「行動制限を取ったからかどうか」は厳密にはわかりませんが,ひとまず最悪の状況は回避されたと思い,安心していました。

 


しかし,最近になって「西浦さんは〈42万人が死亡する〉と言っていたのに,死亡者数は全く違うじゃないか」という発言を目にしました。

確かに,現在(6月29日)の国内の死亡者数は972人です。42万人とはケタ数からして違います。
ただ,現在の国内の状況は,そもそも「不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合」という条件に当てはまっていません。そのため,西浦さんの仮説の数と,現在の死亡者数を比較することはナンセンスだと思っていました。


しかし,そのような発言はSNS上で何度か目にすることがあり,「もしかしたら,少なくない人が誤解しているのではないか?」と心配になってきました。

 

 

そんな中,Facebookグループで精力的にグラフを描いていたNisakaさんが,「4月15日の増加率をそのまま続けていたら」というグラフを発表されていました。
私はそのグラフを見て「このグラフは〈感染症が指数関数的に増えていくこと〉〈何もしないままだと爆発的に増えること〉というがよくわかるグラフだなあ」と思いました。

そして,「もしかしたら,グラフを見る前に少し立ち止まって考えてもらったほうがいいかもしれない」と思うようになりました。
そこで,Nisakaさんが既に描いていることは承知しつつも,自分でもグラフを描き,文章にまとめたくなりました。


※ただ,このようなグラフは,あくまで「4月15日の増加率をそのまま続けたら」という仮定のものです。西浦さんが計算された理論とは異なります。ただ,とても単純な見方ではありますが,「感染症の増加の急速さ」はわかりやすいグラフだとは思います。

 

 


●感染症の増え方

 

そもそも,感染症は指数関数的に増えていきます。

1人の感染者がいたとき,1人が3人に感染させるとしたとき,
 その3人はさらに3人に感染させると合計9人になります。
 その9人がさらに3人に感染させると合計27人になります。

 

このように繰り返していくと,どんどん感染者は増えていきます。

単純計算を続けると,

 27人がさらに3人に感染させると合計81人。
 81人がさらに3人に感染させると合計243人。
 243人がさらに3人に感染させると合計729人。
 729人がさらに3人に感染させると合計2187人。
 2187人がさらに3人に感染させると合計6561人。
 6561人がさらに3人に感染させると合計1万9683人。
 1万9683人がさらに3人に感染させると合計5万9049人。
 5万9049人がさらに3人に感染させると合計17万7147人。

……と続きます。
10回ほど繰り返しただけで,17万人まで拡大してしまうのです。

 

このような増え方は直感的にはイメージしにくいと思います。
しかし,そんなイメージしにくいことでも対数グラフ(片対数グラフ)を使うとわかりやすく見えます。


対数グラフについては,こちら漫画で詳しく説明したので,まずはこちらをご覧ください。

 

 

以下,漫画を読んでいただいたという前提で進めます。

 

 


●4月15日の増加率をそのまま維持していたら

 

西浦さんの上記の発言があったのは4月15日です。4月15日頃までの「国内の新型コロナウイルス感染症の感染報告者数,および,死亡者数」のグラフを描くと,以下のようになります。


4月15日頃は,国内が感染者が8500人ほど,死亡者数が130人ほどでした。


この数字だけ見ると「42万人が死亡する」という予測は,随分と大げさなものに感じるかもしれません。

増加率で見ると,感染者は「7日前後で2倍」,死亡者は「10日前後で2倍」という増加率でした。

 

それでは,この増加率のまま5月,6月と線を伸ばしていった場合(=同じ増加率で増えた場合),どうなるでしょうか。

(このような予測はかなり乱暴ではあるとも思いますが,「行動制限をまったくとらなかった場合」は,感染は収束せずにこのままの増加率で続くと考えることもできます)

 

 

このまま同じ増加率で増えていた場合,6月の死亡者数を予想してみてください。

 

ア.1000人くらいだろう。
イ.2000人〜5000人くらいだろう。
ウ.1万人以上になるだろう。
エ.そのほか。

 














 

次のグラフをご覧ください。

4月15日の増加率のまま増えていた場合,6月下旬には死亡者数は1万人になると予測ができます。
また,感染者数は1000万人と予測できます。

 

おそらく,本当にこのまま増加し続けた場合は,医療崩壊が起き増加率ももっと高くなるでしょう。またそれにともない致死率も高くなっていくことも考えられます。

 

死亡者数は42万人まではいっていないものの「42万人が死亡する」ということは決して大げさな予測ではないのではないでしょうか。

 


このようなことを書くと,「そもそも,新型コロナウイルス感染症は何ヶ月も感染が続くわけではないのではないか? このように2ヶ月分も線を伸ばさないほうが良いのではないだろうか?」という人がいるかもしれません。


もしかしたら,ウイルスの特性としてそのようなこともあるかもしれません。

ただ,たとえばアメリカ合衆国では2020年3月に感染が広がり始めましたが,6月末になっても感染が収束してはいません。
アメリカ合衆国は都市封鎖などの行動制限を経ています。それでも感染は収束していないのです。

 

日本でも,同じように3か月以上の感染拡大が起こっていたとしてもおかしくはないのではないでしょうか。

 

 

 

●3月17日の増加率をそのまま維持していたら
 

そういえば,先ほどからずっと,西浦さんの仮説について「不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合」ということを書いてきましたが,
日本では,2月末に「大型イベントの自粛要請」が出され,3月には学校が休校となりました。学校の休校にともない図書館などの公共施設も相次いで休業となりました。


つまり,3月の時点で「不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合」というわけではないのです。

 

 

そのようなことを考える中で,「それでは,3月17日ごろの死亡者数のグラフをそのまま伸ばしてみたらどうなるのだろう?」と思えてきました。
感染から発症,闘病の期間を考えると,3月の半ばに亡くなった方々は,2週間以上前に感染していた可能性が高いのです。
3月半ばより2週間前ということは,行動制限がとられる前です。

 


次のグラフをご覧ください。

真ん中に伸ばした点線が,「3月17日の増加率が続いたら」という予測です。

 

3月17日の増加率のまま増えていた場合,6月下旬には死亡者数は5万人になると予測ができます。

再三書いているように,このようなグラフは「乱暴な予測グラフ」とも思います。そのため「この未来予測が絶対に正しい」などとは思っていません。

 

しかし,「この先どうなっていくのだろう」とか,「あのときのままの増加率が続いていたらどうなるのだろう」と考えるためには,このようはグラフを描いてイメージすることも有効なのではないでしょうか。

 

 


●社会現象と因果関係

 

このようなグラフを描くと,「緊急事態宣言にともなう行動制限があったから,これだけ感染者,死亡者が減ったということ?」と思うかもしれませんが,実のところそれはどうかわかりません。

 

社会のことは,自然科学のように「実験条件を限定して幾度となく実験する」ということができないので,その因果関係を実験的に確かめることができないのです。

そのため,「減った理由はこれだ。これに違いない」とは言い切れないのです。
(逆に,そのように因果関係を実験に明らかにできていないにも関わらず,さも明らかにできているかのように発言することは極めて危ういことだとも思います)


しかし,それでも仮説の一つとしてみることはできます。
少なくとも,4月半ば以降は感染者数の増加率はゆるやかになりました。6月下旬現在も死亡者数は1000人弱です。(1000人弱とはいえ,それだけの人が亡くなられているわけですが……)


そのように低い数字で抑えられた理由は,緊急事態宣言にともなう行動制限があったからかもしれません。あるいは他の理由も絡んでいるかもしれません。

そのような仮説をもちながら,少しずつさらに仮説・実験していくしかないのだと思います。


※ただ,行動制限を行うと経済が停滞してしまいます。感染症対策はできたとしても,他の理由で苦しんだり死んでしまう人がいていいわけはありません。そのため,いろいろな専門家の人が多方面的なことを考えているのだと思います。

 

 

 

●対数グラフで考えなくとも

 

これまで,対数グラフで大まかな予測をしてきました。


しかし,最初に書いたように,次のような計算からも,西浦さんの仮説を考えることもできます。

それは,「行動制限を全く取らなかった場合,感染症の拡大は急速に広がるのだから多くの人が感染することは十分考えられる。たとえば日本の人口の1/3が感染した場合,4000万人感染することになるわけだから,その1%が亡くなったとしても40万人だ。この試算は決して大げさなものではないだろう」ということです。

 

もしかしたら,「こんな大まかな計算でいいのか?」という人もいるかもしれません。
しかし,100年前に世界的に流行したスペイン風邪と照らし合わせてみるとどうでしょうか。


スペイン風邪は以下のような感染者数,死亡者数だったと書かれています。
 

スペイン風邪

A型インフルエンザウイルスの世界的な大流行。(略)日本でも流行の波は3度起きた。当時の人口は約5700万人だったが、内務省統計によると患者数は約2380万人、死者は約38万8千人にのぼったとされる。後の研究では死者約48万人の推計もある。

コトバンク https://kotobank.jp/word/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E9%A2%A8%E9%82%AA-155108


スペイン風邪では,当時の人口の半数以上が罹患しているのです。死者数も数十万人にのぼっています。
このことからも,行動制限を全く取らず感染症が蔓延した場合,人口の1/3が感染すると想定するのは,とっぴな話ではないでしょう。

 

 

●おわりに

 

いろいろ書いてきましたが,実のところ私も数字に明るいわけではありません。
しかし,だからこそ「これって本当なのだろうか?」という数字に出会ったときは,よく調べることにしています。

 

感染症のように指数関数的に急速に増えていく数をイメージするのは難しいかもしれません。
しかしそれでも対数グラフを使ってみたり,別の方向から見ていくこともできます。

また,今回に関しては,もともとの発言にあった「行動制限を全く取らなかった場合」という想定条件を抜きに考えられません。


混乱や不安がある時からこそ,その数字をとりまくことを丁寧に調べる必要があるのではないでしょうか。

 

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